人とモノとの出会いに感謝して日々を楽しむ
酒豪なアラフォーのトモヒコスこと佐藤智彦。
ボクの人生を支える愛するモノと音楽とともに
マイペース&セルフィッシュに語る人生の戯言集。
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glasses and ashes and bottles and cans
友人たちとのホームパーティ。


先週末の土曜日は約一年ぶりに
友人たちとのホームパーティを
我が家で主宰しました。

このメンバーとは年に一度、
9月に我が家でパーティを開くことが
いつの間にか暗黙の了解になっていたのですが、
今年は諸事情により12月に開催することに。

その大きな理由は、そのメンバーのうち2人が
相次いで母親になったこと!

一人目のaは今年の6月に、
そしてもう一人のnは今年の8月に。

また、aは現在アメリカに住んでいるのですが、
たまたま11月末に一時帰国することが決まり、
その日程に合わせてのことと、
単純にボクの都合でと、2つの条件が重なったため。

そして土曜日、目映いばかりの日射しのもと、
久しぶりの笑顔が集いました。

今回はおなじみのメンバーのうち2人が参加ng。
それでも2人のベビーたちが新たなメンバーに加わり、
総勢10人の集団に!

昔話や最近の出来事、アメリカでの生活や
子育ての話題など、他愛もない話で場は大賑わい。
でも楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまうものです。

いつもは午後イチにスタートしても
終了するのは終電ギリギリの時刻。
ところが今回は子連れママたちが長居出来ず、
ボクを含む3人を残し、早い時間にお開き。

主催者側としては、あまり早く終わってしまうのは
ちょっぴり寂しいものです。

そして今回実感したことは、時の経つことの早さ。

このメンバーは20代から50代までと
年齢層も幅広いのですが、
大半のメンバーがボクよりも年下。

ところが自分の弟や妹のように思っていた
子たちが相次いで結婚、そして出産。
嬉しいやら、悲しいやら、
彼らが自分の元から巣立っていったような気さえします。
(あたしゃ親鳥かっ!)

みんなそれぞれ違う時間を生きるようになって
なかなか一同に集う機会は減ってしまったけれど、
心の奥の何処かでは常に繋がっていて、
その確かな絆を確かめる年に一度の機会。

と言っては大げさかも知れないけれど、
その場を提供することが
我が家でのホームパーティの
意義なのかも知れません。

ただかれこれ10年、いつも主宰して
準備をするのはボクばかり。
口では面倒くさいやら、今回が最後やら
言うくせに、満更ではないのがボク。

次回こそは別のメンバーに引き継ごうと
今回も宣言したのだけれど、
なかなかこの役目を卒業出来そうにありません。

あいつらの笑顔や楽しい声を聞いていると
ボクの幸せ度が少しだけ満たされていくようで・・・。

顔で笑って、心で泣く。
ボクはそんな日陰の花なのかも知れません。

・・・って別に泣いてないけどね。
それに日陰にしては育ち過ぎだって!

来年はこのメンバーの中で
きっとまた嬉しいハプニングが起こっていることでしょう。

そうそう、東京都の教員採用試験に受かったs!
次回は君の話題が中心になるだろうよ。
とりあえずはおめでとう!!

■珍しく撮影した集合写真。

中央のボクは新調した作務衣を着て。
しかしテーブル汚いな・・・。

■この冬の定番、こたつでタジン。

パーティでは時間の都合でタジンを割愛。すまぬ。
という訳で翌日モロッコ料理のコフタを自分のために料理。

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《本日の一枚》
■jackie cain & roy kral / "double take"

おしどり夫婦ジャッキー&ロイが繰り広げる音の玉手箱。
息がぴったり合った美しいユニゾンのコーラス、
楽しさと小気味よさ、そしてファッショナブルでジャジーな
スキャット、ロイの疾走感溢れるピアノ・・・。

そんな彼らのアルバムの中でも最高傑作と評されるのが
1961年にレコーディングされた本作。

1曲目の"cheerful little earful"からラストである12曲目の
"together wherever we go"まで、彼らの十八番のナンバーを
絶妙のアレンジとバツグンの心地良さで見事に聴かせてくれる
幸福感溢れる名盤だ。

本作はかつてアナログ盤でしかリリースされていなかったものの、
橋本徹氏の主宰するsuburbia suite(サバービア・スイート)の
ディスクガイドによって紹介され、1993年にcd化(現在廃盤)。

当時音楽業界の端くれにいたボクにとって、このアルバムの発売は
まさに奇跡と呼ぶに相応しい出来事だった。

以来このcdは旅行に行く時のマストアイテムとなり、
それこそ溝がすり切れるほど、もとい、ディスクがキズだらけになり
ブックレットがボロボロになるほど聴き込んでいて、
全曲見事にユニゾンのボーカルで参加出来るほど(ちょっとウソ)。

中でもパーティが終わってホッとしたような、それでいて
寂しいような風景を唄った5曲目の
"glasses and ashes and bottles and cans"は
まさに今のボクの心境のよう。
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集う笑顔に
喜びと、一抹の儚さを感じつつ。
トモヒコス

brigas, nunca mais
幼くしてこの世を去って行った君へ。


昨日の朝目が覚めた時に
はじめて君がもうこの世にいないことを知った。

ついこの間も一緒においかっけこをしたり、
積み木をして遊んだばかりなのに。

やんちゃでいつも笑っていた君の顔に
ボクは「またね」と言ったけれど、
その約束を果たせぬまま
君だけ遠くへ行ってしまった。

ボクが覚えているのは、
君が大好きなクリスピー・クリームドーナツを
食べながら笑っていたこと。

そして、転んで泣きたくなった時に
お母さんのところまで行ってこっそり泣いていたこと。

ほんの数日前のことなのに
もうはるか昔のことになってしまうんだね。

君の笑顔がみんなの心を照らしていたこと
4歳の君には分からなかったかも知れない。
それでも時間が過ぎて行く度に
ボクたちはより強く実感していくことだろう。

君が去って行く時に
お父さんとお母さんが傍に居れたこと、
ボクは良かったんだと思うんだ。

今度君に持って行こうと思ったおもちゃのこと、
ボクはずっと心に留めておくよ。

だから君も、いつまでもずっとずっと
幸せだったことを忘れないで。


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《本日の一枚》
■joao gilberto / "chega de saudade"

バチーダというギターでサンバのリズムをつま弾く奏法を編み出し、
ボサノバと創始者としてもはや説明不要のjoao gilberto
(ジョアン・ジルベルト)。

彼が作曲家であるantonio carlos jobim
(アントニオ・カルロス・ジョビン<トム・ジョビン>)と
詩人であるvinicius de moraes(ヴィニシウス・ヂ・モライス)と出会い
ボサノバを生み出したのは有名な話であるが、そんなジョアンが
1959年にリリースした幻のファーストアルバム"chega de saudade
(想いあふれて)"が今年奇跡のリイッシューを果たした。

世界初のボサノバレコーディングとして歴史にその名を残す
1957年録音のタイトル曲"chega de saudade"を1曲目に収録した
珠玉の計12曲に、映画"orfeu negro(黒いオルフェ)"がらみのナンバー3曲、
さらにelizete cardoso(エリゼッチ・カルドーゾ)やwalter wanderley
(ワルダー・ワンダレー)らボサノバ夜明けの時期に活躍した
アーティストのナンバー11曲のボーナストラックを含む、計26曲を収録。

どのナンバーも静かに心へ染みわたるような安らぎと、
心地よく包み込むような温かさに溢れているが、
ボクは3曲目の"brigas, nunca mais(「もう争いは終わった」の意)" が
お気に入りだ。

メロディアスでありながら静かな主張もあり、
いかにも50年代らしいセンチメンタルなオーケストラが印象的な
同曲は、ジョアンの代表曲ではないものの、聴く度に様々な想いが
頭の中を交差する。
あたかも悲しみが終わって新しい希望が始まるかのような。


ジョアン・ジルベルトの"brigas, nunca mais"youtubeでの試聴はこちら
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想い出だけが切なく残り、
それでも未来へ向かって行く。
トモヒコス

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